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訴えられた遊女ネアイラ

 1週間ほど前、報道ステーションの冒頭でうちの近所が出ていたのでびっくりした。平和堂跡地に竹中工務店らが建設中のマンションが、強度不足で再工事になるそうである。この建設現場は近隣住民の反対が激しく、少し前にもアスベストが検出されたことが読売ウィークリーで取り上げられていた。反対運動に加わっている人の中で、結構なやり手がいて、マスコミをうまく活用しているのだろうか。

 更に少し前、地方の薬害肝炎の裁判で「和解勧告」という紙を広げているのが大学の友人だった。一昨年だったか、「司法試験に通った」と6,7年ぶりに急に連絡してきて飲んだ後、すぐにまた連絡が取れなくなる勝手な奴だが、テレビによって活躍を知った。

 図書館でたまたま手に取った『訴えられた遊女ネアイラ』(デブラ・ハメル、草思社)は一気に読めた。奴隷身分からアテナイ市民権を得た遊女ネアイラの身分について、裁判でその正当性が問われる。誇張して興味を引くように書けば、「苦労の末につかんだ幸福も束の間、美貌の女性は再び奴隷身分に突き落とされるのだろうか」という感じ。裁判の弁論集を基に、2350年前の法廷ドラマをある程度まで詳細に再現できることに驚いた。こういうことが日本史で可能なのは、恐らく江戸中期以降ではなかろうか。 
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テーマ : 読書メモ
ジャンル : 本・雑誌

実録・アメリカ超能力部隊

 週末、風邪の養生で家にいる時間が長かったので、ジョン・ロンスン『実録・アメリカ超能力部隊』(文春文庫)を一気に読んでしまった。
 
 かつてアメリカ陸軍の基地で秘密裏に、「ジェダイの戦士」と呼ばれる超能力戦士達が、離れた小屋にいる山羊の心臓を精神力で止める訓練をしていたのだという。この情報源はあのユリ・ゲラーで、しかも彼は国家の何らかの超能力エージェントの現役に復帰したことを筆者に明かす。

 ジェダイの戦士を追跡すると、アメリカ陸軍のジム・チャノンという男が、ベトナム帰還後のスピリチュアル研究の成果について、上官宛に提出した秘密報告書「第一地球大隊作戦マニュアル」に辿り着く。このマニュアルには、ジェダイの戦士の基になった「戦士僧」の他、敵を宥めるために子羊を持って行き、きらきらした目で相手を抱擁し戦意喪失させる方法、それがダメな場合にスピーカーから不協和音を流す方法、などなどが並んでいる。

 この冗談のようなマニュアルが、2001年9月11日以降のテロ戦争にまで影響を及ぼし、イラク兵の拷問に応用されているとしたらどうだろうか?ニューエイジ運動に影響を受けた世代がアメリカ陸軍の幹部になり、オカルトが醜悪な形で現実に存在することを明らかにしているのが本書である。

 原著が話題になったのは3年前なので、インターネットで探せば色々なものが出てくる。「第一地球大隊作戦マニュアル」は抜粋ともう少し詳しいPDF版がネット上にある。ジム・チャノン氏には大々的な個人HPがある。youtubeで探せば、氏のインタビューも聞ける。それから、第一地球大隊のTシャツや帽子を売っているサイトもいくつかある。。

 さあ、この本をどう読みますか。文春文庫には本書の100倍怪しい『喪失の国、日本』という本があるが、僕の購入した霞ヶ関附近の本屋では、どちらも平積みで置かれている。

 ついでに、千里眼でわが国の難事件を次々と解決するジョー・マクモニーグルについては、とても心温まる(?)エピソードが登場する。

テーマ : 読書メモ
ジャンル : 本・雑誌

日経もあなどれない

 日本経済新聞もあなどれない。いや、別に日経もみなと図書館もあなどっていないが、言葉のアヤだ。今日の朝刊裏面が「澁澤龍彦没後20年」、夕刊は久生十蘭「母子像」。

 澁澤龍彦の記事は美術評論の側面を主に取り上げ、若仲の関連で『思考の紋章学』が紹介されている。この本は河出文庫で長く品切れだったが、最近再版された。カバーが旧版よりダサくなったが、中身は素晴らしい本なので是非入手をお勧めする。永井荷風の『断腸亭日乗』について、日付に付された黒点が何らかのエロの符号であることの指摘から始まる「ウィタ・セクスアリス」など、警抜な文芸評論が並んでいる。僕は澁澤龍彦のあまり熱心な読者ではないが、『思考の紋章学』と小説『高丘親王航海記』はとても好きだ。

 「母子像」は特に好きな作品ではないが、久生十蘭では「湖畔」と「奥の海」の両短編をよく読み返す。
 「奥の海」は「京都所司代、御式方頭取、阪田出雲の下役に堀金十郎という渡り祐筆がいた」という出だしで始まるのだが、狙いすましたように「金十郎は人生のオリジナルな問題に触れることを避け、人間の愛憎のかからぬところで、自分一人で暮らしていたが、その罰で、善悪も、ときには深く人を傷つけることがあるという、簡単な愛の論理すらわからないようになってしまった」などという英語混じりの痺れる一文が、磨かれた文体の中でユーモアと冷徹の境に光っている。

 「湖畔」も「奥の海」も、簡単に言えば間抜けな男の物語。女の感情や現実のダイナミズムについて、過去からの静止した一点でしか理解できない。目の前の現実には醒めているくせに、過去を無限に豊穣なものとして見る。いや、すでに今という時間は過ぎ去ったのに、いつまでもそれを現在として扱おうとしているのか。

 関係ないけど夕方の一面はトランス脂肪酸について。日本でも関心が高まるかと期待。

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 本・雑誌

子母澤寛の新刊

 仕事やら英語の勉強やらに追われ、更新しないままあっという間に数ヶ月。今日の昼休みに職場近くの本屋へ行ったら、子母澤寛の新刊が出ていたので嬉しくなり、つい更新。

 子母澤寛は僕の好きな作家の1人で、初期の股旅物以外の作品は大体読んでいる。明治25年生まれで昭和43年には亡くなっているので、新刊で手に入る本は作品数に比べてとても少ない。でも2004年の大河ドラマで新撰組が取り上げられたおかげで、新撰組三部作が売れたためだろうか、中公文庫から『ふところ手帳』や『遺臣伝』が相次いで復刊され、今度は新編集の『雨の音』が発売された。ともかくファンとしては嬉しいかぎりである。

 僕が子母澤寛を好きな理由のひとつは、その聞き書きのスタイルにある。その極致は『味覚極楽』(中公文庫)で、昭和初期の各界著名人の食に関するうんちくが、各自の口から語られる。東大法学部を出て虎屋に婿入りし、厚生大臣になった黒川光景、新宿中村屋のカレーを作ったインド独立運動のボースなど、興味深い人物が登場する。今に残る名店も紹介されているが、多くの店はすでにない。僕の勤めている職場のビルは、この本でも出てくる著名な中華料理店だったそうだが、今は名を残すのみである。

 どこどこの店がうまいという話も面白いが、語り手の素朴な食事の好みがたまらなくうまそうに思える。増上寺の道重大僧正(うわさによるとモーニング娘。メンバーの縁者とか)の話を聞くと、冷や飯を熱いみそ汁とともに食べてみたくなる。

 飯じゃがね、これはつめたいに限る。たきたてのあたたかいのは、第一からだに悪いし歯にもよくないし、おまけに飯そのものの味もないのじゃ。本当の飯の味が知りたいなら、冬少しこごっている位の冷や飯へ水をかけて、ゆっくりゆっくりと沢庵で食べてみることじゃ、この味は恐らくわしのような坊主でなくては知るまいが、うまいものじゃ。
 
 子母澤寛の幕末物は、聞き書きを下敷きにしたものが多い。新撰組三部作は、ちまたの新撰組物のネタ本だが、司馬遼太郎は対談で開口一番、「子母澤先生の『新撰組始末記』がどうしても越えられない」と吐露している(子母澤寛全集25巻所収)。創作が多いとの批判もあるが、僕はそれでいいと考えている。文書の歴史から永遠にこぼれてしまうはずだったもの、その断片が垣間見えるからこそロマンがかき立てられるのだろう。

 子母澤寛が訪れた冬の飯岡はうら寂しく、宿の食事も貧相ですっかり気分が暗くなってしまったが、宿のおやじに、盲目で滅法腕の立つ市という男の話を聞いているうちに一晩が過ぎてしまった。この一夜がなければ、有名な座頭市物語は誕生しなかったし、誰もそんな人間がいたことなど覚えていないだろう。

 書き出すときりがなくて、もっと書きたいこともたくさんある。波瀾万丈な自伝(『曲がりかど人生』『二丁目の角の物語』)は文庫になっていないので、読んだことのある人は少ないかもしれないが、とても面白い。またいつかの機会に。



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ポーの「スフィンクス」

 僕は以前、HPで読書ノートを書いていたのだけど、最後の更新から5年間も放ったらかしにしてしまい、その間に読んだ色々な本は記憶から薄れつつある。というよりも、このHPを書いていた時期だけはきちんと本の感想を書いており、手前味噌だが自分で読み返しても、当時の自分の考え方がわかって結構面白い。

 このブログでは読み返したり、急に思い出したりした本のことも書いてみようかなと思う。まずはポーの「スフィンクス」(創元推理文庫『ポオ小説全集4』所収)から。この短編はたったの6ページなのだけれども、どうも気になって何度も読んでしまう。ポーの短編にはそういうのが結構あるので、いずれ紹介したいと思う。

 とりあえず「スフィンクス」だが、ミクロの昆虫を戦艦大和級のビッグサイズの怪物に誤認してしまうという、エッセンスを言ってしまえば誠に他愛ない話である。

 しかしそんな錯誤を犯してしまう精神状況に関する描写がとても面白い。この作品は次のように始まる。「ニューヨークでコレラが猖獗を極めたのは、ちょうど僕が或る親戚から、ハドソン河の岸辺にある美しい別荘で二週間、世間と没交渉に一緒に暮らそうという招待を受け、その厚情に甘えていた間であった。(中略)知人の死の報せを耳にすることなしには、一日たりとも経過することがなかったのである(丸谷才一訳)」。

 語り手は、現実世界でバタバタ人が死んでいくのを、引きこもった郊外の書斎からTVのニュースのごとく楽しむのである。何だか僕らの身近な状況に似ている気がする。

 ただ、この語り手はもうちょっと切迫していて、自分も死ぬかもしれないことに怯えている。そして、死神を見ようとしてみる。タイトルと同じスフィンクスなる奇妙な昆虫が本当に存在するのか、ポーの空想なのか僕にはわからない。でも、見ていることの客観的事実の危うさ、ちょっとした精神のバランスで現実の基盤が崩れ去るところ、そんなところなどが好きで、何度も読み返してしまう。

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