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墨東残滓2

 川沿いを歩けないので、また墨堤通りに戻る。もう昼時で、白髭橋手前で行列ができている「ラーメン」の誘惑に負けそうになるが、今日は深川あたりでお好み焼きを食べようと決めていたので素通り。雨が降ってきた。明治通りへ折れて向島百花園へ行くが、入口がわかりにくい。雨上がりの植物の匂いもいいものだが、季節のせいなのか、ブヨがたかるので長居は無用とばかりに一周して出て行く。東向島駅に向かい、ここでも細く入り組んだ路地で所々にある古い家から想像力をフルに巡らせるしかない。むしろ、駅に隣接してある東武博物館の外に置かれた、古い日光線の車両の方がノスタルジーを醸し出している。

 しかし、その場所はあった。水戸街道に出てしばらく歩き、鳩の町通りへ入る。文字通り鳩が一列に並んで通るが如く細長い通りで、商店の狭間に情緒ある建物が散見される。小さく「桜井旅館」と書かれた木造の建物を見れば、2階窓の手すりに肘をかけて一服する女を見上げたのち、低い石段に足をかけて戸をくぐっていく様がありありと想像できる。この通りは何度でも歩いてみたい。

 鳩の町通り出口の場末のラブホテルに無情を覚えつつ、少し道幅の狭くなった墨堤通りを歩くが、そろそろ空腹と疲労が気になってきた。するとタイミングよく、言問団子が見えてきたので、一服。3色の団子が600円。創業江戸末期という店は、きれいな建物で、奥には昔の皿や隅田川ゆかりの文献などが陳列されている。僕は知らなかったが、この団子店が有名になるにつれて、近辺が「言問」という地名で呼ばれるようになったとか。また、TBSアナウンサーの実家だそうだ。

 甘い物で元気になったので、長命寺へ。境内にある幼稚園からの歌声に、変質者扱いされないかと懸念を抱きつつ、目当ての五狂歌師辞世の句連碑を探す。南畝の「どのようななん題目をかけるともよむは妙法連歌狂歌師」や十返舎一九の句が刻まれている。隣の弘福寺では、文人大名・池田定常(松平冠山)の墓がある。鳥取池田藩の支藩である若桜藩の藩主であったが、文学者・地理学者としての方が名高い。『浅草寺志』などが代表作として名高いが、江戸時代の輪廻転生事件、勝五郎についても『勝五郎再生前世話』を書いており、平田篤胤の『勝五郎再生記聞』に影響を与えているらしい。

 さて、この辺りには「美家古」始め老舗料亭が並んでいるが、金にもコネにも縁がないので、そちらは横目で過ぎて、隅田川の見える川沿いをようやく歩く。かつての水戸藩邸である隅田公園は普通の公園。変わった鳥居の牛嶋神社には、烏亭焉馬の自筆の碑がある。大工の棟梁の家に生まれ、自身も大工であるが、戯作者・浄瑠璃作家として活躍した。廃れかかっていた落語に「落とし話」の形を作り、落語を盛り返したという。鶴屋南北と共作の浄瑠璃台本もあるという。そのあと業平橋駅まで歩き、電車を乗り継いで門前仲町へ移動。

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