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キャンパス

 昨日土曜日も別の試験を受けてきた。この前の試験よりは分量も少なく、全然書けないという事態には陥らなかった。万年筆かボールペンの使用が義務づけられ、修正できずに論文を書くことにおののいていたが、大過なく終わった。

 試験を受けるのに行ったキャンパスは、ちょうど銀杏がきれいな時節だった。温暖化の影響か、僕が学生の時分には黄色く色づいていた頃合いのはずが、まだ青々とした部分の方が多かった。この季節のキャンパスの印象が強いせいか、ちょっとだけ感傷的な気分にもなった。キャンパスを歩く学生達の印象は昔と変わらぬままの気がして、自分まで昔と変わらないような錯覚も起きるのだが、向こうから見ればこちらの顔はただのおっさんである。もう20年近くも前に一緒に歩いていた友人達はおらず、行き交うのは知らない若者ばかり。建物や銀杏だけが昔のままで、そこに去来する人間はどんどん入れ替わっていく。それでも見覚えた顔に不意に遭遇し、それは映画『ニュー・シネマ・パラダイス』に出てくる「俺の広場だ」と主張するようなエキセントリックな人物で、すれ違いざまに独り言を言いながらにやりとされ、他人の空似なのか場所に居着いた亡霊なのか自信が持てなくなる。

 こういう空想は時々あって、長い年月が過ぎて当時の人間が消え去り、無機的な建造物だけが残っている感傷に浸ってしまうことがある。ローマやギリシャで古代劇場跡に長い間ぼんやり座っていたり、近所の舗装道路を歩きながら、かつて歩いていた江戸の人たちが想うであろう感傷を空想したりしてしまう。こんなぼんやりとした空想癖は試験では邪魔以外の何物でもなくて、今日の試験に臨んで重要だと思ったのは、思考を惰性で反復しないことだ。答えが見つからず、あるいは集中できずに、同じ思考をただだらだらと反復してしまうことが、試験では時間を浪費し無駄にしてしまう。でも、普段の生活では、人生の核心をぼんやりと迂回しながら、過去の記憶を悔恨とともに何度も反復してしまうことがよく起こりうると思う。

 とにもかくにも、ほとんど勉強してないながらも終わった解放感で、ビール飲んでいます。
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