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墨東残滓1

 今回のゴールデンウィークは11連休という夢のような休みになった。しかし、2歳の娘を中心に休みはどんどん過ぎていく。金曜日は最後の平日休みなので、ちょっと違うことをしたくなった。それで、朝のうちに娘を近所の公園で遊ばせて家族サービスを果たし、ひとりで街歩きに出かけた。リュックの中には、ポケット地図と街歩きの先達の本、永井荷風「日和下駄」(『荷風随筆集 上巻』岩波文庫)と種村季弘『江戸東京《奇想》徘徊記』(朝日文庫)を詰め込んである。この種の街歩きといえば僕は『墨東綺譚』をまっさきに連想するのだが、これまで本の世界でしか訪れたことがなかった。すると目指すは玉ノ井だが、玉ノ井について記述のある本で好きなのは、渥美清『わがフーテン人生』(毎日新聞社)だ。一部だけ引用するのはもったいないくらい素晴らしい本だが、

 わたくし、女郎買いをするために一番ウロウロしたのは玉ノ井でした。お目当ての女を探して、ウロウロ歩いておりますと、腕に入れ墨をズゥーッと入れた、ほおのこけたような男が、汚い自転車の荷台に、お稲荷さんとのりまきを入れた箱を積んで、「オイナリサン、買っとくれ!」なんて叫びながら、町中を歩いておりました。 
 
 短い文章からでも、当時の街の息づかいが鮮やかに伝わってくる。しかし、その街はもうどこにもない。

 さて、いきなり玉ノ井(東向島駅)には向かわず、隣の鐘ヶ淵駅(ここも遊郭・赤線のあった街)で降りて、駅周辺を歩く。平日の昼間で、表通りには主婦や子供、老人たちが多い。細い路地が入り組んでいて、道を一本入って不意に雰囲気が変わりドキリとする旅先の感覚を思い出した。街は様変わりしても、小さな道には過去の記憶がずいぶん残っていくものだ。狭い通りで八百屋と客が軽口を叩き合っていた。

 駅前の「百貨店」と銘打った懐かしい店構えを通り過ぎ、鐘ヶ淵通りを歩いていくと、正福寺という寺の首塚地蔵尊がある。由来を見ると天保4年の隅田川橋付近の浚渫工事の際、ごっそり出てきたおびただしい数の頭蓋骨をここに弔ったとある。恐らくは人柱になったのだろうが、頭蓋骨だけというのは不気味だ。そういえば、うちの近くの狸穴坂からは、頭蓋骨のない白骨だけが大量に見つかったという話を聞いたことがある。真偽のほどは不明だが平安時代頃に処刑場だったということだ。話を戻して、正福時の首塚地蔵尊は首より上の病気に霊験あらたかとのことだ。

 それから「墨堤通り」という、名前は趣あるが実際は片側2車線の道路沿いを歩くのも興ざめで、隅田川沿いを歩きたく思い、運動公園を突っ切ていくと隅田川神社に突き当たった。その向こうは隅田川なのだが、首都高速がせり出して、川沿いは歩けない。神社のがらんとした敷地に巨大なモノリスがそそり立っていて(ひとつは前島密の功績を讃えたもの)、異様な雰囲気がある。別名水神社、かつては100メートルほど南にある水運の難所部分にあって、周囲には鬱蒼とした森が広がっていたとあるから、新しい社殿も何となく不気味に思えてくる。
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