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先週は山口・北九州へ出張、そしてなぜか合格していた

 先週は珍しく出張で、水曜日早朝から山口と北九州で2泊3日の仕事をこなし、それから家族と合流してさらに1泊2日の山口旅行、途中で風邪も引いたしさすがに疲れが残っている。

 家族で行ったのは、山口駅近くの湯田温泉にある松田屋ホテル。300年の歴史があるそうで、幕末の長州藩士らが多く泊まっている。だから宿内の史料館が面白く、坂本龍馬が新婚旅行中に乙女姉へ送った有名な手紙が飾ってあった。オリジナルのように見えたのだが、どうなのだろう。司馬遼太郎も泊まるなど、歴史好きにはお勧めの宿。従業員の態度や雰囲気もとてもいい。夕食はふぐコース。週末は雨が降っていたので、観光はほとんどできなかったが、仕事の合間に岩国の錦帯橋や宮島へ行ったので僕は満足。あと仕事の席でも、小倉の料亭「稚加栄」でふぐ料理を食べた。ここはブランドを楽しむところといった印象。

錦帯橋

宮島

 11/9の記事に書いた試験の合格発表があったが、どうせ落ちていると思っていたので、出張中はあまり気にしていなかった。合格者に来るはずの通知についても、合流した家族は何も言っていなかったし。しかし、土曜日の夜遅くに家へ帰ったら、ポストに配達証明の不在票が。おお!惨憺たる出来なのに、なぜか受かっていた。これで終わりではなく、今度の日曜日に口述試験(面接)があって、最終合格者は半分に絞られるから、やっぱり難しいかもしれない。でも、うれしかったです。

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キャンパス

 昨日土曜日も別の試験を受けてきた。この前の試験よりは分量も少なく、全然書けないという事態には陥らなかった。万年筆かボールペンの使用が義務づけられ、修正できずに論文を書くことにおののいていたが、大過なく終わった。

 試験を受けるのに行ったキャンパスは、ちょうど銀杏がきれいな時節だった。温暖化の影響か、僕が学生の時分には黄色く色づいていた頃合いのはずが、まだ青々とした部分の方が多かった。この季節のキャンパスの印象が強いせいか、ちょっとだけ感傷的な気分にもなった。キャンパスを歩く学生達の印象は昔と変わらぬままの気がして、自分まで昔と変わらないような錯覚も起きるのだが、向こうから見ればこちらの顔はただのおっさんである。もう20年近くも前に一緒に歩いていた友人達はおらず、行き交うのは知らない若者ばかり。建物や銀杏だけが昔のままで、そこに去来する人間はどんどん入れ替わっていく。それでも見覚えた顔に不意に遭遇し、それは映画『ニュー・シネマ・パラダイス』に出てくる「俺の広場だ」と主張するようなエキセントリックな人物で、すれ違いざまに独り言を言いながらにやりとされ、他人の空似なのか場所に居着いた亡霊なのか自信が持てなくなる。

 こういう空想は時々あって、長い年月が過ぎて当時の人間が消え去り、無機的な建造物だけが残っている感傷に浸ってしまうことがある。ローマやギリシャで古代劇場跡に長い間ぼんやり座っていたり、近所の舗装道路を歩きながら、かつて歩いていた江戸の人たちが想うであろう感傷を空想したりしてしまう。こんなぼんやりとした空想癖は試験では邪魔以外の何物でもなくて、今日の試験に臨んで重要だと思ったのは、思考を惰性で反復しないことだ。答えが見つからず、あるいは集中できずに、同じ思考をただだらだらと反復してしまうことが、試験では時間を浪費し無駄にしてしまう。でも、普段の生活では、人生の核心をぼんやりと迂回しながら、過去の記憶を悔恨とともに何度も反復してしまうことがよく起こりうると思う。

 とにもかくにも、ほとんど勉強してないながらも終わった解放感で、ビール飲んでいます。

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速く文章を書くこと、それからボルヘス追憶

 今日はある試験を受けてきたのだが、甘い見通しを打ち砕かれた。昨年までの試験傾向と違って、短時間で膨大な文章作成を要求される試験となり、最近の自分の文章力低下を思い知らされたのである。また、僕はもともと文章の細部に変にこだわってしまい、文章作成に時間のかかる傾向がある。質を維持しながら大量の文章を短時間で作成する能力がもともと欠けている。こうした訓練が今後は必要だと思う。だからスピードを意識しながら、このブログの文章を書いている。

 とにかく、仕事でもプライベートでもまとまった文章を書くことをさぼってきたことも一因にある。昨日もブログ記事を書いたが、何年も前に書いたホームページの文章と比べて、確実に質は落ちている。書かれている内容こそ加齢による変化があるが、文章の質は20代よりも落ちているのが自分でもわかる。体力と一緒で、ブランクがあれば文章力も落ちるのだ。

 もうひとつ思ったのは、集中力の投入方法にある。集中力自体はそんなに衰えたようには思えないのだが、集中力の中で更に集中の投入先を絞っていく必要があるというべきか。うまく言えないけれども、若い頃は無意識的に集中力を必要とされる対象のピンポイントに向けることができていたのかもしれない。しかし、今は集中力が二重になっていて、例えば勉強に集中することはできるが、勉強の中でいま考えるべき課題に集中的に思考を振り向けることが難しくなっているように思えた。思考方法が変化して、より多面的な角度から物事を見ることが日常化している弊害なのかもしれない。

 閑話休題。昨日に引き続き日経関連だが、書評で気になる本があった。アルベルト・マングェル『図書館 愛書家の楽園』(白水社)で、筆者はボルヘスの朗読係を務め、その影響から自らも書物の迷宮の怪物になった。ボルヘスを熱心に読んでいたのは20代の頃で、最近はあまり読み返すこともない。でも今日は、そうした日々を懐かしむ感傷が少しだけにじんできた。 

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山野井泰史さん

 恐らく、原始からの記憶ゆえに、真に尊敬の対象となるのは、自然に打ち克とうと果敢に挑んでいく人間なのではないだろうかと思う。山野井泰史さんのことは、以前からとても気になっている。少し前に奥多摩のご自宅近くで熊に襲われたというニュースを聞いて心配していたが、元気そうな写真が日本経済新聞に掲載されていたのでうれしくなった。夕刊の「人間発見」というシリーズで、先週は山野井さんが取り上げられていたのだが、切り抜いて保存している。ときどき日経はこういうのがあるから、あなどれない。

 山野井泰史さんは有名な方だから紹介するまでもないかもしれないが、アルパイン・スタイルという、シンプルで過酷な登山スタイル中心で未踏破のルートを開拓してきた世界的クライマーだ。酸素ボンベやシェルパを使わず、なるべく自然に近いスタイルで高山や断崖絶壁に挑んでいく。

 僕はそういうシンプルな登山家の話にすごく惹かれてしまう。やはりアルパイン・スタイルで有名なメスナーの番組がやっているときなども見入ってしまう。また、80年ほど前にエベレストの頂上付近で消息を絶ったマロリー。1999年に発見された遺体の写真には衝撃を受けた(『そして謎は残った』文藝春秋)。うつぶせに倒れたマロリーは、極寒の自然状況で、漂白されたような異様な美しさがあった。それは、自然に打ち克とうとした人間が力尽き、自然の祝福を受けたかのようだった。また、別のホームページで書いた河口慧海の『チベット旅行記』も、シンプルな装備でヒマラヤの山々を踏破していくところが印象的だった。

 シンプルな登山であればあるほど惹かれていくのは、自然環境との対峙という、生物の根元課題がより際だつからだろうか。5000年前にアルプスの3000メートルを目指したアイスマンのことを考えたりすると、ずっと昔に読んだヘミングウェイの「キリマンジャロの雪」の冒頭を思い出す。キリマンジャロの頂上に豹だか獅子だか忘れたが、その氷づけになった死体がある。豹だか獅子がなぜそこを目指したのかは誰も知らない。そんなプロローグが小説の筋と関係なく書いてある。

 僕は何も語る資格がないので、山野井さんに語ってもらおう。
「限界ぎりぎりの登はんをしているとき、生きている自分をひしひしと感じられるのです」
「何日間もたった一人で大岩壁と格闘するわけです。たとえトラブルがあっても、救いを求めることは絶対にできません」
「ある日、山で突然、死が訪れても覚悟ができています。どんな悲惨な死に方をしても悲しんでほしくはありません」

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古田敦也・岩崎恭子の対談

 今日、いつものプール(港区スポーツセンター)に泳ぎに行ったら、体育の日のイベントをやっていた。その中で、元ヤクルトの古田敦也さんと水泳の岩崎恭子さんの対談があるというので、近くのホールへ聞きに行く。開演10分前に入場したが、すいていたので一番前の通路脇に座った。これが正解で、入退場とも客席出入り口からという演出(構造上?)で、開演時は古田さんが、閉会時は岩崎さんが通路脇を通るため、間近で見られて得した気分になった。

 この対談(進行役にアナウンサーがいるので実際は鼎談)は、2016年東京オリンピック招致活動のため、一般への普及啓発活動を目的としている。古田さんも岩崎さんも招致活動に携わっている。

 よって話題は、先日の北京オリンピックにおける取材時のエピソードや、オリンピックでの体験談が中心。岩崎さんはバルセロナ・オリンピックの金メダル獲得時の話題がどうしても出てくるが、古田さんは基本的に話の盛り上げ役に徹していた感じ。トヨタ時代に参加したソウルオリンピックの場外体験談は話していたが、ヤクルト時代の話を含め野球の話はほとんどなかった。でも、古田さんのおかげで、1時間の対談も飽きずに楽しかった。

 岩崎さんがいじられた2点が、トークとしては面白かった。バルセロナの名言「今まで生きてきたなかで一番幸せです」について、古田さんが「その後の人生で、それより幸せなことがあった?」と訊いて僕も笑ってしまったが、岩崎さんは「いつも幸せを感じている。ご飯を食べているときとか」とかわしていた。それから、北京で北島康介選手から花束を投げられた件について質問されると、「最近いつもそのことを訊かれる」と苦笑。説明は以下の通り。前の方の席に花束が落ちたのだが、日本の応援団がいるということで、取った人が後ろに投げてくれてたまたま受け取った。また、日本の応援団が岩崎さんがいた場所に固まっていて、北島選手の両親もいたから、自分を狙ったわけではなく、誰か日本の人が取ってくれるだろうと思ったのではないか、と。古田さんは「でも、北島選手は、恭子ちゃんがそこにいることは認識していたでしょ」と食い下がっていた。

 岩崎さんは黒のスーツの下に白のブラウスを着て、黒のヒール。アクセサリーの類は見える範囲ではまったく身につけず、化粧も最低限の感じだった。終始姿勢良く、足をきっちりと揃えていた。とにかく必要以上に目立たないように努力しているような印象を受けたが、それはオリンピック招致の業務の一環だからなのか、性格だからなのかはわからない。注目を浴びて苦労してきたのかな、なんて思ってしまう。でも、控えめながら話すべきポイントはきちんと話す、とても好感の持てる人だった。対して古田選手は薄いグレーのスーツ、紺の水玉ネクタイ。イメージとしては、企業スポーツを引退後に仕事の方で頑張っているような人の雰囲気。

 東京オリンピック招致の話はどうなんでしょうね。僕としてはこれまで、本当にやるのかな~なんて半信半疑の印象だった。お二人の話によると、招致立候補国中、日本は設備や環境の点ではトップクラスなのだが、一般の人の関心という点で5カ国中4位だそうだ。それで、是非みなさんにも盛り上げてほしい、と。一般向けのトークだから小難しい話はなく、やっぱりオリンピックやスポーツって素晴らしいから、子供たちのためにも東京オリンピックを是非招致しましょうっていうのが主な主張だった。まあ、難しいことは言わず、相当困難かもしれないがぜひ実現してほしいと僕も思っている。

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